木立あゆはちょっぴり弱気な女子高生。 天界から選ばれ、人間界を脅かす魔族との戦いに励む日々を送っていた。 そんな中、あゆにとって大切な思い出の幼馴染、大川大地と再会を果たす。 離れ離れの間も忘れず、お互い想っ合っていた二人。 しかし、あゆは大地のことを思い出さず、大地はヤキモキする日々を送ることに。 魔族は人々の心の弱さにつけ込み、その魂を食らっていく存在。 あゆは人間を救済し、魔族をこの世から消し去る能力を持つ。 悪魔に魂を売った者たちの心と向き合い、寄り添っていくあゆに人々の心は感化されていく。 それぞれの悩みや葛藤と闘う中で、人々が見つけ出す答えとは……。
View More月明かりしかない静かな夜の公園。
剣が激しく重なり合う音だけが鳴り響いていた。
暗闇の中、二つの影がせわしなく動いていく。
影が交わる瞬間、剣がぶつかり合う音が大きく鳴った。一人は屈強そうな肉体をもった男だが、まだ大人とはいえない幼さが残る青年のような顔立ちをしている。
相手をまっすぐ見据えるその|眼《まなざし》は、血のように真っ赤に染まり、浅い呼吸を繰り返している。その男に真っ向から向かい合うのは、小柄な少女だった。
長い黒髪から覗く大きな瞳に小さく色白の顔。
華奢な肩を上下に揺らしながら浅い呼吸を繰り返している。その体には無数の傷があり、傷からは血が滴り落ちていた。
圧倒的に男の方が有利なのは目に見えている。
男が少女に問いかける。
「おまえ……なぜ倒れないっ」
男はわからなかった。
なぜあそこまでボロボロになりながら、立っていられるのか。
――命を張れるのか。あの小さな体のどこにそんな力が宿っているというのか。
少女は口の中に溜まった血を吐き出すと、不敵に笑った。
「そんなこともわからねえのか、てめえ」
その可愛らしい容姿からは想像できない言葉遣いだ。
男も以外だと言わんばかりに眉を持ち上げる。少女は男をまっすぐ見る。
その瞳はとても強い意志と光を放っていた。
「腐りかけたその魂を叩きなおすためだっ!」
少女は手に持っていた白く輝く剣を男の心臓へ向けてかざした。
男は数秒少女を見つめたあと、可笑しそうに笑う。
「おまえ、馬鹿か! こんなことしても無駄だ、俺は変わらない!
どうしたって変わらない、どうしようもないことがあるんだ。 努力ではどうしようもないことが、この世にはあるんだ! 現状も、自分も、何も……変わらないんだ!」男は、苦しそうに叫んだ。
そして、何かを消し去るように首を振った。男は少女を暗く淀んだ瞳で見つめる。
「……おまえは無駄なことをしてるんだぜ、無駄なことに命をかけてる。
それでおまえに何の得がある? おまえが死んだら、ただの無駄死にだろうが!」男は右手にある黒い剣を強く握りしめる。
「うおおおっ!」
男が剣を振りかざし少女に突っ込んでいく。
「無駄じゃねえ。なぜなら、私は決して、おまえになんか負けないからなあっ!」
男と少女の剣が再び交わり、二人の間に火花が散った。
「殺すのか、俺を……」男は地面で仰向けになりながら、少女を見つめた。
少女は男の心臓に向け、剣を構えている。お互い瞳を逸らそうとはしない。
少女が静かに口を開いた。
「おまえは自分の魔に負けた。
人間として決して屈してはならないものに負けたんだ。 魔に侵された人間は、私が排除する」少女の瞳には迷いなどない。
男は何かから解放されたような安らいだ表情になり、そして笑った。先ほどの狂気を帯びた雰囲気はもう男から感じられなかった。
「おまえは……強いな。
俺には無い強さだ。剣を|交《まじ》えればわかる、これが本当の強さだと。 俺も欲しかったよ――まあ、もう遅いけどさ」男の目から、小さな涙が一粒零れ落ちていく。
少女は涙が溜まった瞳をまっすぐに見つめると、今までより優しい声音で言った。
「手に入れることができるさ」
少女は一瞬たりとも男から瞳を逸らさず、はっきりと言う。
男も少女から目が離せずにいた。「おまえも手にできるさ。……あきらめず、求め続ければな」
彼女は月に照らされながら綺麗に笑った。
戦いの中では見せなかった初めての表情。とても可愛いい笑顔だ、そう感じ男もつられて微笑んでしまう。
次の瞬間、少女は男の心臓を白い剣で貫いた。
男は白い光に包まれ、そして消えていった。
「お疲れ、あゆ」暗闇から月明かりの下に姿を現したのは、犬のチワワだった。
白く綺麗な毛をなびかせ、小さい体から伸びる四本足をチョコチョコ動かし、あゆのもとへやってくる。
口には包帯をくわえていた。
「ほら、これ使いな」
あゆは犬が喋っていることに驚くことなく、差し出された包帯を手に取った。
「ありがとう、チワ」
チワにお礼を言うと、あゆは傷の手当を始める。
その様子を眺めながら、チワがしみじみと言った。「それにしても、あゆは戦いの時と普段の人格違うよな」
「だ、だって、しょうがないでしょ。戦いになるとカーッとなって我を忘れるというか」本来あゆはとても大人しいタイプの女の子だった。
あんな乱暴な態度や言葉は使ったことがないし、人前に出るだけでもあがってしまう性格だ。剣を振り回すことなんか、絶対にしない。
しかし戦いとなると、男まさりな言葉遣いや態度に変貌してしまうのだ。
「ま、なんでもいいけど……今回も痛々しいな」
チワは傷だらけのあゆを見上げた。
月明かりに照らされたあゆの体は、傷と血で彩られ、なんとも痛々しい。まだあゆは高校生、普通の女子高生ならありえない現状だろう。
「悪いな、おまえにばかり辛い思いをさせて」
チワが申し訳なさそうに目を伏せる。
そんなチワの顔を持ち上げ、あゆは満面の笑みを見せた。
「大丈夫、私は平気っ」
傷の残った顔で懸命に微笑むあゆの顔がとても美しく見え、チワは目を細めた。
「あゆ……ありがとう」
男が目覚めると、そこは病院のベットだった。
確か部活で足を痛めてしまい、手術をしたんだ。
そしてその晩に魔族が現れ、契約を交わした。それからの記憶はあやふやだったが、しっかり覚えていることがある。
あの少女と戦ったこと。あれは夢だったのだろうか。
足の怪我のせいで、もう二度とラグビーができないかもしれないと医者に告げられ、全て投げやりになっていたとき魔族が現れた。
最初は驚き戸惑ったが、契約すれば足を完治できると聞き、俺は誘惑に負け魔族と契約してしまった。
現状から、自分から逃げたかった。俺は戦うことを放棄した。
見たくない現状から目を逸らし、無かったことにしたかった。
その方が楽だから。しかし、今は違う。
ほんの少しでも可能性があるなら、やれるところまでやってみよう。頑張ってみようって思えるんだ。
あいつみたいに。
あんな小さな体で、ボロボロになりながら必死に戦いを挑んできたあの少女。
俺に勝つまで絶対にあきらめないという強い意志を感じた。「俺も負けてられないよな」
「何が?」不意に声をかけられ、我に返る。
妹が見舞いにきていた。
「お兄ちゃん、さっきまでぐっすり寝てたね。すっきりした?」
妹がじーっと顔を見つめてくる。
「あ、いい顔! よかったあ。心配してたんだよ、落ち込んでんじゃないかって」
「俺は……もう大丈夫だよ」微笑むと、妹は嬉しそうに笑った。
あれが夢だったのかはわからない。でも、あいつが残した言葉が胸に響くんだ。
現実は何も変わっちゃいないし、これからも辛く苦しい日々が続くだろう。
だけど、もう逃げようなんて思えなかった。空を見上げると太陽が輝いて、青空がどこまでも広がっている。
男は眩しそうに目を細めると、晴れやかに笑った。
「ありがと……な」
この世には、魔族の魔の手から人々を救っている救世主がいるという。
それはとても小柄な少女だという噂だ。
彼女の正体は誰も知らない。しかし、その実態は、ごく平凡でシャイな女子高生だったりするのかもしれない。
「綺麗……」 登校していく生徒たちの間を、桜の花びらが舞い散っていく。 並木道の桜たちがざわめき、春の暖かな風が|木立《きだち》あゆのおさげ髪を撫でていった。 眼鏡の奥にある瞳には綺麗な桜が映っている。「桜か……。あの子、元気かな」 桜を見ると思い出す。 ある男の子のこと。 小さい頃、悲しいことや辛いことがあったとき、よく立ち寄ったあの場所で出会った男の子。 ずっとあゆの思い出として心の支えとなっていた。 あゆは小さい頃からおとなしく、人と関わるのが苦手だった。 目立つのが嫌いで、いつも定位置は隅と決まっていた。 みんながきらきら眩しくて、あゆ一人だけが違う世界の住人のように思えていた。 そんなあゆのことをいじめる者も多かった。 おとなしく反抗しないあゆは、標的にしやすかったのかもしれない。 その影響もあり、さらにあゆは人と関わることが臆病になっていったのだった。 家族とも折り合いが悪かった。 父はごく一般的な普通の人だったが、そこまで愛のある人ではなかった。あゆのことも適当に可愛がってはいたが建前のように感じられた。 母は父の再婚相手で、あゆと血が繋がっていない。 あゆと仲良くするつもりは無いようで、はじめの挨拶のときに笑顔でこう言った。「ドライにいきましょう、あなたと私は他人なんだから。私も好きにするし、あなたも好きにしなさい」 この人は母親になんかなる気はさらさらないんだなと思った。 学校でも家でも居場所がなく、孤独で寂しかった。 誰かを心から求めていた。 そんなとき彼に出会った。 私の唯一の居場所、彼の存在が私を救った。 彼は今頃どうしているだろうか……。 昔に思いを巡らせ、前をよく見ていなかったあゆは、誰かにおもいっきりぶつかってしまった。「あ、す、すみません」 「なんだ? おまえ」 その声にびくっと小さな体が跳ねる。 恐る恐る顔を上げると、こちらを鋭い目つきで見下ろす、|大川《おおかわ》|大地《だいち》と目が合った。 先生からは要注意人物と扱われ、生徒から恐れられている存在。 彼は校内でも有名な不良少年だった。 ど派手な金髪が太陽の光に当たってさらに色を増している。両耳にはピアスがいくつも光輝いていた。 そんな彼が、切れ長の鋭い目であゆを見下ろしてくる。 ど、どう
月明かりしかない静かな夜の公園。 剣が激しく重なり合う音だけが鳴り響いていた。 暗闇の中、二つの影がせわしなく動いていく。 影が交わる瞬間、剣がぶつかり合う音が大きく鳴った。 一人は屈強そうな肉体をもった男だが、まだ大人とはいえない幼さが残る青年のような顔立ちをしている。 相手をまっすぐ見据えるその|眼《まなざし》は、血のように真っ赤に染まり、浅い呼吸を繰り返している。 その男に真っ向から向かい合うのは、小柄な少女だった。 長い黒髪から覗く大きな瞳に小さく色白の顔。 華奢な肩を上下に揺らしながら浅い呼吸を繰り返している。 その体には無数の傷があり、傷からは血が滴り落ちていた。 圧倒的に男の方が有利なのは目に見えている。 男が少女に問いかける。「おまえ……なぜ倒れないっ」 男はわからなかった。 なぜあそこまでボロボロになりながら、立っていられるのか。 ――命を張れるのか。 あの小さな体のどこにそんな力が宿っているというのか。 少女は口の中に溜まった血を吐き出すと、不敵に笑った。「そんなこともわからねえのか、てめえ」 その可愛らしい容姿からは想像できない言葉遣いだ。 男も以外だと言わんばかりに眉を持ち上げる。 少女は男をまっすぐ見る。 その瞳はとても強い意志と光を放っていた。「腐りかけたその魂を叩きなおすためだっ!」 少女は手に持っていた白く輝く剣を男の心臓へ向けてかざした。 男は数秒少女を見つめたあと、可笑しそうに笑う。「おまえ、馬鹿か! こんなことしても無駄だ、俺は変わらない! どうしたって変わらない、どうしようもないことがあるんだ。 努力ではどうしようもないことが、この世にはあるんだ! 現状も、自分も、何も……変わらないんだ!」 男は、苦しそうに叫んだ。 そして、何かを消し去るように首を振った。 男は少女を暗く淀んだ瞳で見つめる。「……おまえは無駄なことをしてるんだぜ、無駄なことに命をかけてる。 それでおまえに何の得がある? おまえが死んだら、ただの無駄死にだろうが!」 男は右手にある黒い剣を強く握りしめる。「うおおおっ!」 男が剣を振りかざし少女に突っ込んでいく。「無駄じゃねえ。なぜなら、私は決して、おまえになんか負けないからなあっ!」 男と少女の剣が再び交
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