正義のヒロインとあの日の約束

正義のヒロインとあの日の約束

last updateLast Updated : 2025-07-04
By:  桜 こころ🌸Completed
Language: Japanese
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※本作は旧タイトル『ホーリーソウル』として公開されていた作品です。 恋と使命のはざまで揺れる、正義のヒロインの物語―― 木立あゆは、気弱だけどまっすぐな女子高生。 天界から選ばれ、人々の魂を蝕む“魔族”とたったひとりで戦っていた。 そんな彼女の前に、幼い頃の思い出の人――大川大地が現れる。 お互いにずっと想い合っていたはずの二人。けれど、あゆは彼のことを思い出せなかった。 それでも彼は、彼女のそばにいようと決める。 魔族は人の心の弱さに入り込み、魂を奪う存在。 あゆは、悪に堕ちた者たちの心に触れ、寄り添い、救いの光を灯していく。 忘れた恋と、背負わされた使命―― 揺れながらも、あゆがたどり着く“答え”とは。

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Chapter 1

第1話 救世主はシャイな女子高生

 月明かりしかない静かな夜の公園。

 剣が激しく重なり合う音だけが鳴り響いていた。

 暗闇の中、二つの影がせわしなく動いていく。

 影が交わる瞬間、剣がぶつかり合う音が大きく鳴った。

 一人は屈強そうな肉体をもった男だが、まだ大人とはいえない幼さが残る青年のような顔立ちをしている。

 相手をまっすぐ見据えるその眼は、血のように真っ赤に染まり、浅い呼吸を繰り返している。

 その男に真っ向から向かい合うのは、小柄な少女だった。

 長い黒髪から覗く大きな瞳に小さく色白の顔。

 華奢な肩を上下に揺らしながら浅い呼吸を繰り返している。

 その体には無数の傷があり、傷からは血が滴り落ちていた。

 圧倒的に男の方が有利なのは目に見えている。

 男が少女に問いかける。

「おまえ……なぜ倒れないっ」

 男はわからなかった。

 なぜあそこまでボロボロになりながら、立っていられるのか。

 ――命を張れるのか。

 あの小さな体のどこにそんな力が宿っているというのか。

 少女は口の中に溜まった血を吐き出すと、不敵に笑った。

「そんなこともわからねえのか、てめえ」

 その可愛らしい容姿からは想像できない言葉遣いだ。

 男も意外だと言わんばかりに眉を持ち上げる。

 少女は男をまっすぐ見る。

 その瞳はとても強い意志と光を放っていた。

「腐りかけたその魂を叩きなおすためだっ!」

 少女は手に持っていた白く輝く剣を男の心臓へ向けてかざした。

 男は数秒少女を見つめたあと、可笑しそうに笑う。

「おまえ、馬鹿か! こんなことしても無駄だ、俺は変わらない!

 どうしたって変わらない、どうしようもないことがあるんだ。

 努力ではどうしようもないことが、この世にはあるんだ!

 現状も、自分も、何も……変わらないんだ!」

 男は、苦しそうに叫んだ。

 そして、何かを消し去るように首を振った。

 男は少女を暗く淀んだ瞳で見つめる。

「……おまえは無駄なことをしてるんだぜ、無駄なことに命をかけてる。

 それでおまえに何の得がある?

 おまえが死んだら、ただの無駄死にだろうが!」

 男は右手にある黒い剣を強く握りしめる。

「うおおおっ!」

 男が剣を振りかざし少女に突っ込んでいく。

「無駄じゃねえ。なぜなら、私は決して、おまえになんか負けないからなあっ!」

 男と少女の剣が再び交わり、二人の間に火花が散った。

「殺すのか、俺を……」

 男は地面で仰向けになりながら、少女を見つめた。

 少女は男の心臓に向け、剣を構えている。

 お互い瞳を逸らそうとはしない。

 少女が静かに口を開いた。

「おまえは自分の魔に負けた。

 人間として決して屈してはならないものに負けたんだ。

 魔に侵された人間は、私が排除する」

 少女の瞳には迷いなどない。

 男は何かから解放されたような安らいだ表情になり、そして笑った。

 先ほどの狂気を帯びた雰囲気はもう男から感じられなかった。

「おまえは……強いな。

 俺には無い強さだ。剣を交えればわかる、これが本当の強さだと。

 俺も欲しかったよ――まあ、もう遅いけどさ」

 男の目から、小さな涙が一粒零れ落ちていく。

 少女は涙が溜まった瞳をまっすぐに見つめると、今までより優しい声音で言った。

「手に入れることができるさ」

 少女は一瞬たりとも男から瞳を逸らさず、はっきりと言う。

 男も少女から目が離せずにいた。

「おまえも手にできるさ。……あきらめず、求め続ければな」

 彼女は月に照らされながら綺麗に笑った。

 戦いの中では見せなかった初めての表情。

 とても可愛いい笑顔だ、そう感じ男もつられて微笑んでしまう。

 次の瞬間、少女は男の心臓を白い剣で貫いた。

 男は白い光に包まれ、そして消えていった。

「お疲れ、あゆ」

 暗闇から月明かりの下に姿を現したのは、犬のチワワだった。

 白く綺麗な毛をなびかせ、小さい体から伸びる四本足をチョコチョコ動かし、あゆのもとへやってくる。

 口には包帯をくわえていた。

「ほら、これ使いな」

 あゆは犬が喋っていることに驚くことなく、差し出された包帯を手に取った。

「ありがとう、チワ」

 チワにお礼を言うと、あゆは傷の手当を始める。

 その様子を眺めながら、チワがしみじみと言った。

「それにしても、あゆは戦いの時と普段の人格違うよな」

「だ、だって、しょうがないでしょ。戦いになるとカーッとなって我を忘れるというか」

 本来あゆはとても大人しいタイプの女の子だった。

 あんな乱暴な態度や言葉は使ったことがないし、人前に出るだけでもあがってしまう性格だ。

 剣を振り回すことなんか、絶対にしない。

 しかし戦いとなると、男まさりな言葉遣いや態度に変貌してしまうのだ。

「ま、なんでもいいけど……今回も痛々しいな」

 チワは傷だらけのあゆを見上げた。

 月明かりに照らされたあゆの体は、傷と血で彩られ、なんとも痛々しい。

 まだあゆは高校生、普通の女子高生ならありえない現状だろう。

「悪いな、おまえにばかり辛い思いをさせて」

 チワが申し訳なさそうに目を伏せる。

 そんなチワの顔を持ち上げ、あゆは満面の笑みを見せた。

「大丈夫、私は平気っ」

 傷の残った顔で懸命に微笑むあゆの顔がとても美しく見え、チワは目を細めた。

「あゆ……ありがとう」

 男が目覚めると、そこは病院のベットだった。

 確か部活で足を痛めてしまい、手術をしたんだ。

 そしてその晩に魔族が現れ、契約を交わした。それからの記憶はあやふやだったが、しっかり覚えていることがある。

 あの少女と戦ったこと。あれは夢だったのだろうか。

 足の怪我のせいで、もう二度とラグビーができないかもしれないと医者に告げられ、全て投げやりになっていたとき魔族が現れた。

 最初は驚き戸惑ったが、契約すれば足を完治できると聞き、俺は誘惑に負け魔族と契約してしまった。

 現状から、自分から逃げたかった。

 俺は戦うことを放棄した。

 見たくない現状から目を逸らし、無かったことにしたかった。

 その方が楽だから。

 しかし、今は違う。

 ほんの少しでも可能性があるなら、やれるところまでやってみよう。頑張ってみようって思えるんだ。

 あいつみたいに。

 あんな小さな体で、ボロボロになりながら必死に戦いを挑んできたあの少女。

 俺に勝つまで絶対にあきらめないという強い意志を感じた。

「俺も負けてられないよな」

「何が?」

 不意に声をかけられ、我に返る。

 妹が見舞いにきていた。

「お兄ちゃん、さっきまでぐっすり寝てたね。すっきりした?」

 妹がじーっと顔を見つめてくる。

「あ、いい顔! よかったあ。心配してたんだよ、落ち込んでんじゃないかって」

「俺は……もう大丈夫だよ」

 微笑むと、妹は嬉しそうに笑った。

 あれが夢だったのかはわからない。でも、あいつが残した言葉が胸に響くんだ。

 現実は何も変わっちゃいないし、これからも辛く苦しい日々が続くだろう。

 だけど、もう逃げようなんて思えなかった。

 空を見上げると太陽が輝いて、青空がどこまでも広がっている。

 男は眩しそうに目を細めると、晴れやかに笑った。

「ありがと……な」

 この世には、魔族の魔の手から人々を救っている救世主がいるという。

 それはとても小柄な少女だという噂だ。

 彼女の正体は誰も知らない。

 しかし、その実態は、ごく平凡でシャイな女子高生だったりするのかもしれない。

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第1話 救世主はシャイな女子高生
 月明かりしかない静かな夜の公園。 剣が激しく重なり合う音だけが鳴り響いていた。 暗闇の中、二つの影がせわしなく動いていく。  影が交わる瞬間、剣がぶつかり合う音が大きく鳴った。 一人は屈強そうな肉体をもった男だが、まだ大人とはいえない幼さが残る青年のような顔立ちをしている。  相手をまっすぐ見据えるその眼は、血のように真っ赤に染まり、浅い呼吸を繰り返している。 その男に真っ向から向かい合うのは、小柄な少女だった。 長い黒髪から覗く大きな瞳に小さく色白の顔。  華奢な肩を上下に揺らしながら浅い呼吸を繰り返している。 その体には無数の傷があり、傷からは血が滴り落ちていた。 圧倒的に男の方が有利なのは目に見えている。 男が少女に問いかける。「おまえ……なぜ倒れないっ」 男はわからなかった。 なぜあそこまでボロボロになりながら、立っていられるのか。  ――命を張れるのか。 あの小さな体のどこにそんな力が宿っているというのか。 少女は口の中に溜まった血を吐き出すと、不敵に笑った。「そんなこともわからねえのか、てめえ」 その可愛らしい容姿からは想像できない言葉遣いだ。  男も意外だと言わんばかりに眉を持ち上げる。 少女は男をまっすぐ見る。 その瞳はとても強い意志と光を放っていた。「腐りかけたその魂を叩きなおすためだっ!」 少女は手に持っていた白く輝く剣を男の心臓へ向けてかざした。 男は数秒少女を見つめたあと、可笑しそうに笑う。「おまえ、馬鹿か! こんなことしても無駄だ、俺は変わらない!  どうしたって変わらない、どうしようもないことがあるんだ。  努力ではどうしようもないことが、この世にはあるんだ!  現状も、自分も、何も……変わらないんだ!」 男は、苦しそうに叫んだ。  そして、何かを消し去るように首を振った。 男は少女を暗く淀んだ瞳で見つめる。「……おまえは無駄なことをしてるんだぜ、無駄なことに命をかけてる。  それでおまえに何の得がある?  おまえが死んだら、ただの無駄死にだろうが!」 男は右手にある黒い剣を強く握りしめる。「うおおおっ!」 男が剣を振りかざし少女に突っ込んでいく。「無駄じゃねえ。なぜなら、私は決して、おまえになんか負けないからなあっ!」 男と少女の剣が再び交わり、二人の間に
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第6話 変化する心①
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第6話 変化する心②
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第7話 動き出す想い①
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last updateLast Updated : 2025-06-09
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